心友会会長ご挨拶

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心友会会長挨拶全文

水平線

このたび心友会会長をお引き受けすることになりました。私が心友会会長に就任するなど考えてもいないことで、お話をいただいた時にはどうしたものかと戸惑いました。しかしお話をお聞きすると、つながりのある人たちとご一緒という事が分かりました。とくに副会長の櫻井茂男筑波大教授は、私が信州大学教育学部に赴任したときの最初の学生です。彼と一緒に仕事ができるなら楽しいかなと思いました。
 私のことをご存じない方が多いと思います。東京教育大学の学部生の時は社会的文脈と切り離しての心理学は非科学的という思いから社会心理学の領域で卒論を書きました。しかしPavlovの条件反射学に魅了されて、あっさりと進路変更して大学院は生理心理学の原野広太郎先生(故人)の研究室に入り、情動刺激と脳波や血管運動反応との関連から人の脳で起こっている事を知ろうとしました。もう一方で、大学の相談室で相談活動に従事するように指導を受け、行動療法を中心に事例に取り組み、教育相談研究施設の内山喜久雄先生(故人)の講座の助手にしていただいたのが最初の職場です。
 1年半で筑波大学学生相談室に異動し、東京教育大学の閉学と筑波大学の開学の時代を経験しました。その後、信州大学に異動しましたが筑波大学東京キャンパスに社会人大学が創設されると、再び筑波大学にお世話になることになりました。社会人大学院生との現実の問題を解く研究は、とても魅力的で私に合っていました。行動療法に加えてカウンセリング心理学を専門とするようになりました。
 行動療法は認知・行動療法となり、条件づけの病理モデルを引っ込めたので再び心理学や認知脳科学とつながってきて面白くなってきました。そのような時代に二度目の定年を迎えた私は、システムズ・アプローチによる技法の開発に取り組んでいます。
 振り返ってみて、改めて私の人生は心友会の多くの先輩と後輩の人たちに支えられ助けられてきたことを感じます。心友会のメンバーには若い人たちが増えました。いや、私より若いメンバーが多いと言った方がよいのでしょう。心友会の会員から東京文理大の卒業生は少なくなり、東京教育大学の卒業生よりも筑波大学の卒業生がずっと多くなりました。心友会というシステムも以前とは変容してきているのでしょう。私は会長に就任して、何ができるかまだわかっていません。お役に立ちたいことだけは確かです。これまで通り、先輩と後輩の人たちの助けをお借りするのが、私に似合っているかもしれません。よろしくお願いいたします。
 原稿を書きかけている時に、辰野千壽先生の訃報が入りました。私にとって、辰野先生は心友会の顔です。私が会長のお話をいただいた時に、すぐ頭に浮かんだのは辰野先生でした。
 辰野先生は筑波大学創設時に副学長をされていました。土曜昼の心理事務室に教員の姿はほとんどありません。副学長として仕事が忙しい辰野先生としては、心理事務室はホッとされる場所だったのでしょう。そこで弁当を食べておられました。私は学生相談室の仕事を終え、学生と一緒に取り組んでいる午後からのセラピーの合間に心理事務室で弁当を食べました。30歳を過ぎたばかりの若い講師を辰野先生はどう見ていらっしゃったことでしょう。そのとき、言葉を交わしたことがよい思い出となっています。
 その後、私は信州大学へ、辰野先生は上越教育大学学長として赴任されました。

2016年4月吉日
田上 不二夫(東京教育大学17期)

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